« 翁のお参り | トップページ | 北朝鮮による資金流用疑惑など »

2007年6月 9日 (土)

一票の重みとペテン(?)の数々

 政界およびマスコミは参院選への準備に必死なようですが、ネット上を含めた様々な場面で詐欺まがいの誘導がよく見られます。それらを見て思った事を書いてみます。

 思想が正しくても当選できなければ政治に反映できない、意味が無い、というのはわかります。
 詭弁を弄して特定候補へ投票させようとするのも戦術としては理解できます。
 しかし、それは選ばれる側の都合であって、有権者が付き合う義理はありません。
 例えば「衆愚政治だ!」という宣伝も結局はプロパガンダ、それ自体が衆愚政治の一手法に過ぎません。騙されてはいけません。

 選挙権の清き一票は、小さくても確実に威力があります。
 詐欺に負けずに、自分の意志と戦略を正しく政治に活かしましょう。
 (かく言う私の言葉が正しいとも限りませんけど。)

 怪しい言い回しの例を挙げて、私なりの解釈でコメントを加えてみます。



「自民もクズだけど民主は売国するから自民しかない
「売国でも自公の奴隷になるよりマシ。民主しかない

 売国だの奴隷だのはともかく、どちらの主張も間違ってると思います。
 投票行動は不信任ではなく、信任の意思表示です。

× 自民に投票 = 民主への不信任
× 民主に投票 = 自民への不信任
 自民に投票 = 自民への信任
 民主に投票 = 民主への信任

 どちらも支持できないなら、どちらにも投票するべきではありません。

勝った側に「国民の信任を受けた」と言う大義名分を与えてしまう事を忘れてはいけません。



「○○なんて泡沫だろ、死票にするくらいなら××に入れろよ」

 まず一言。
「泡沫だったら放っておけば良いでしょ。何で気にするの?」

 泡沫候補分の票が動いても、変わるのはせいぜい1議席程度に過ぎません。しかし、大政党が1議席増やすより、泡沫候補が1議席取るほうが、政界への衝撃が大きいのは間違い有りません。

 死票になるかもしれませんし、そうでないかもしれません。
 何事も同じです。やってみなければ結果はわかりませんが、やらなかったら実現しません。「前回ダメだったから今回もダメだ。やらないほうがマシ。」では人間もなかなか成長できません。政党だって似たようなものです。
 05郵政選挙の結果を、完全に予想できた人がどれ程いたかは知りませんが、あれこそ風向き一つで激変が起こる証明でしょう。

  今回の参院選は戦後初の現役閣僚の自殺騒動や、60年越しの改憲手続法成立による改憲機運の高まりなど、今までにモデルケースの無い要素が多すぎます。与 党への逆風も強いですし、確かに支持率は低いですが、コアな支持者の熱狂度もまた歴代内閣とは一線を隔すものがあると思います。専門家は通り一遍のコメン トは出せても、正直なところは全く予想がつかないでしょう。今回に限っては、過去の実績も支持率もアテにはなりません。

 波乱の政局は、泡沫候補やミニ政党が議席を得るチャンスでもあります。
 投票するも良し、他へ回すも良し、大切なのは自分の意志で選ぶ事です。



「民主も自民も腐ってる。投票できる政党が無いから白票にする」

 白票や棄権は、確かに全ての候補への不信任表明にはなります。
 しかし、選挙のシステムを考えると、それは全ての候補へ投票するのと同じ結果を生みます。具体的には、得票率40%の候補に0.4票、30%の候補に0.3票という具合に、各候補の得票率に分配されて、小数点以下の数字で信任投票したのと類似した(厳密には違いますが)投票効果があります。果たしてそれが自分の望み通りでしょうか?
 また、投票率が下がれば組織票を操る政党が有利になる事も忘れてはなりません。

白票は、人気候補や大型政党への信任投票と同じです。



「衆院自民を勝たせ過ぎ。参院は民主を伸ばしてバランスを取る」
「民主を大勝させて自公の独裁を阻止しなければならない」

 確かに衆院の自民は圧倒的な議席を持っています。
 しかし、参院での非改選議席は民主党が第一党である事を忘れてはいけません。
 既に第一党の民主党をさらに大勝させるのは、05総選挙のような一方的な状況、「いわゆる独裁」を肯定する事にならないでしょうか。
 もちろん民主党が信任に値するならそれでも良いです。でももしそうでないとしたら、バランスの取り方としては大型政党(自民・民主・公明)の議席が増えすぎないように抑え、諸派を増やす方が健全かもしれません。

 衆参を、または参議院の2回改選分を一括りで考えない方が良いと思います。
 敢えてバランスに配慮するならば、まず参院1改選分の中だけでバランスを取り、次期総選挙で衆院内のバランスも取り、3年後の参院改選分の中でバランスを取る。それが本来の形ではないでしょうか。

 参院も衆院も、程々が良いのだと思います。衆院が極端だからと言って参院を正反対にしてしまったら、いつまで経っても極端なままです。

衆院内の独裁を否定するなら、参院内の独裁も否定すべきです。



「参院で与党の法案が通らいなら、野党の法案を衆院で丸呑みせざるを得ない」
「衆参で審議が滞るから衆院解散・総選挙すべき」

 日本の政治の仕組みからすれば方法論として可能なのでしょうし、実効性もあるかもしれません。しかし、果たしてそれは二院制の意義や民主主義の観点から、本来有るべき形なのでしょうか。
 参院が衆院を一方的にコントロールしたり、参院選の結果を衆院否定に繋げるのは、民意の正しい解釈とは思えません。参院が衆院の暴走を抑えるにしても、参院の機能の範囲内でやるべきです。

参院選は参院を審判し、より良い参院議員を選ぶ選挙です。
衆院や内閣への審判の場ではありません。



「自民支持だが参院は影響が無いから民主に勝たせて自公にお灸を据える
「参院だけ大勝しても政権は取れないし、変な法案は衆院で否決するから安心」

 影響が無いならどこへ投票してもOK、現状維持でもOKということでは?
 参院を軽視するのは参院不要論者による意見かもしれませんが、現状のしくみでは参院も国政に大きく影響します。

 まず参院選で与党が負けたら首相が交代するようなルールは有りません。したがって、与党が惨敗しても内閣が退陣するとは限りません。また、首相が辞任して も、次の首相を決めるのは国会です。一般有権者の思惑通りの人がトップに立つとは限りません。そして与党惨敗で即ち衆議院解散・総選挙が行われるわけではありません。
 しかし、確実に言えることは、極端な衆参のねじれは、国政を長期間にわたり停滞させる可能性があると言う事です。国会の運営はもちろん、首相・閣僚の交代や選挙自体が、税金を消費するという事実を無視するのもどうかと思います。

 衆参のねじれのむやみな助長は、日本の政治を混乱させるだけで、国民の利益にはなりません。その方向へ扇動し、敢えて国会の機能不全を企むのは、反政府活動と言っても過言ではないと思います。(合法ですが。)

 参院議員の任期は6年で、衆院と違って途中で入れ替える事はできません。極端な結果が出たら、是正するには2013年まで待たなければなりません。選挙は遊びではありません。参院の議席には衆院とは別の重みがあるのです。

お灸のつもりが手錠・になることもあります。



「選挙後に政界再編が起こる」


 大雑把に言えば「自民・民主が分裂、右派同士・左派同士が合流」といった展望を語る方がおられます。投票する側にとっては魅力的な話です。確かにすっきりして良いと思います。あるいは「自民・公明と国新が連立」または「自民圧勝で公明と連立解消」などという話もあります。そして「だから○○に投票しよう」と。

 しかし、思想だけで選挙に勝てるとは限らないのが現実です。
 例えば合流先に同じ選挙区の議員や候補がいた場合、次の選挙で競合が起こります。また、党を通じた支援基盤を失って、合流先で同等の環境を得るのは難しいでしょう。利権や人間関係も複雑に絡み合い、なかなか簡単には行かないと思います。議席獲得の可否と、自身の思想とのジレンマで苦しむのが、代議士の常ではないでしょうか。

 いずれも可能性は否定しませんが、本人の公式な発言や、細かいところまで整合性のある予想以外は、話半分に聞いておいた方が良いと思います。

ブログランキング・にほんブログ村へ

|

« 翁のお参り | トップページ | 北朝鮮による資金流用疑惑など »

報道」カテゴリの記事

政治」カテゴリの記事

選挙」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/213411/15365171

この記事へのトラックバック一覧です: 一票の重みとペテン(?)の数々:

« 翁のお参り | トップページ | 北朝鮮による資金流用疑惑など »